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子ども会、幼少時代、このひとつの小さなコミュニティで
人生の酸いも甘いも味わった方もいらっしゃるのでは
ないでしょうか。
団地、この密集したコミュニティにも もちろん「子ども会」が
ありました。特に80年代、ちょうど70年代の団地入植組(?)
の子どもたちが小学生になり、その子どもの数、活動内容
ともに、まさに子ども会、全盛期時代でした。
団地っ子の週末は、結構忙しい。土曜日もまだ学校があった
時代、貴重な日曜日、特に月始めの日曜日は「廃品回収」と
決まっていました。
朝9時前から、団地内の集会所に集合させられ、まず拡声器を
持たされます。選挙前の街頭に立つ政治家のように、拡声器で
「今日は廃品回収日です!お家にある新聞・雑誌など出して下さい~」
と、アジテーションするためです。
(写真は記事とは関係ありません。公団ウォーカーさんからお借りしています。)
このとき、普段は禁止されている「芝生への立ち入り」が一時的
に解除します。どういうことかというと、私の住んでいた団地は、
各団地の前に必ず芝生がありました。普段、目の前にある団地の
棟へ行くにも、芝生を通ってはならず、迂回して団地の間に作られた
「舗装」された小道を使わなくてはなりませんでした。
普段、芝生を通ると、「緑のおばさん」(交通整理をするボランティア
の方ではなく)と名づけられた近所のおばさんが、「芝生を通るな~」
と団地の窓から怒り声をあげ、小学生たちに恐怖と伝説を残します。
しかし、廃品回収のアジテーション活動のときは、この禁止令が
解かれ、堂々と芝生を闊歩できたのです。ちょっと晴れ晴れしい気持ち
だったものです。
小学生の朝の仕事はまだまだこれからです。リアカーで、団地下に
出された廃品を回収に行きます。約20棟の団地を回り、じゃんじゃん
新聞を詰め込んでいきます。もはや、ちょっとした労働ですね。
今思うと、結構な勤労を強いられていたなと思いますが・・・・。
子ども会という名を借りて、朝から小学生を使って、きっちり仕事をさせる
自治会のシステム。侮れません。
ちなみに、報酬は集会所前にあった自動販売機のジュース1本。
その頃は「メローイエロー(Mellow Yellow?)」が人気で、ビタミン剤
ドリンクのCMのように、ぷはーっと、労働した小さな体にメローイエロー
がしみ渡っていきました。メローイエロー、もうこの世には残ってない
のでしょうか。あのヴィヴィットな黄色は何の色だったのでしょうか?
子ども会の活動はまだまだ続きます。年に何度かスキーだの、山登り
だの、団地内グラウンドでキャンプだのというイベントが催されます。
今は東京ドームとなりましたが、まだ後楽園球場だった当時、バスで
はるばる後楽園に行って、野球の試合を見ましたが、今振り返ると、
おじさんたちが行きたかったんだろうな、、と思います。またスキーも
結構ハードなコースまで、連れて行かれ、足元から坂のスロープが
見えないぐらいの急斜面から、麓まで滑走させられたり、山登りも、
散策、という感じではなく、目の前に土・岩・石が迫るコースを延々
歩いたり、なかなかタフな活動でした。
一番不思議というか、今となっては変わっていると思える「団地内でキャンプ」
が、毎年夏開催されました。すごく単純なもので、団地内にあるグラウンド、
また別の回にグラウンドについては、書きたいと思っていますが、
このオールマイティなグラウンドで、わざわざテント張ってキャンプ。家が目の前
という団地っ子もいる中、あえて飯ごうでご飯を炊き、黄色い、いわゆる
「アウトドアカレー」を食し、テントで寝る。まあカレーの材料費ぐらいで、
ほとんど経費のかからないイベントとはいえ、灯台下暗し的で、ある意味
斬新なアイディアです。
確かにその当時、一街区あたり150名前後の子どもたちが密集して
いました。小学校も一クラス40名みっちり、×一学年4クラスというのが
当たり前の時代。中学校になると、10クラス体制で、校舎に入りきれず、
「プレハブ」まで建設していました。
団地中、どこへ行ってもうじゃうじゃと小・中学生がいて、確かに大人たちと
しても、週末各家庭がそれぞれでレジャーに行くのも大変。時代も
「モーレツサラリーマン」時代で、週末も仕事のお父さんたちが多く、
なかなか遊びにもつれて行けなかったと思います。
じゃあ団地の子どもたち集めて、一括で遊びに行けばいいじゃない、
ということになったのでしょうか。
それにしても、子ども会を取り仕切っていたおじさんたちも、大変だった
と思います。
普段は1時間半かけて都心に出て、夜遅くまで仕事するような生活
にもかかわらず、週末はあれだけタフな企画の引率まで引き受け、
貴重な唯一の日曜日をつぶしていたのですから。
当時は、運動神経ゼロの私にとってはイベントがきつく、いつも
前線に出る兵士ぐらいの覚悟で参加して、結局マッチョな内容に
惨敗して帰宅する、というものでした。人生の「酸い」部分の多い
子ども会でした。
でも、大人になってこうして改めて考えてみると、おじさんたちの
功労には、頭が下がります。
お疲れ様でした!団地っ子ならぬ、団地おじ様たち!
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「子ども会」が団地の子供たちの生活の大切な一部だった時代、
今のようにPTAのものの考え方が多様で複雑ではなかった時代、
大人も子供もひとつの方向へみんなで動き、それがすごいパワーとなって
生活が豊かになっていった時代ということでしょうか。
私も何度か飲んだメローイエロー、皆さんはいかがですか?
Mieさんも書かれたように、このメローイエローがどんだけ人気があったかというと、こちらのページに書かれているように、もう一度飲んでみたいソフトドリンク第1位なのです。
そういえば見かけないと思ったら、7upも消えていたんですね、
プシューッ。
「廃品回収」、「緑のおばさん」、「団地内キャンプ」も面白いお話です。
団地の子供たちもその親たちもエネルギッシュに生活していた80年代の情景が浮かびます。
体は疲れていても、心までは疲れていなかった気がしますが、私だけの勘違いでしょうか。

第3話 子ども会
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